仙台地方裁判所 昭和34年(わ)226号 判決 1961年7月27日
被告人
杉山英夫
外一名
主文
被告人杉山を懲役六月に処する。
ただし、本裁判確定の日から二年間、右刑の執行を猶予する。
訴訟費用中、証人佐々木正成、河村尚平、北田二郎、千葉金次郎、荒井泰幸、猪股謙吉、河田行雄、松元攻、渡辺武雄、乳井勝一郎、森道雄、火煙孝也、中村昭三、奥山紀一、林信二、安達泰久、安藤徂夫、佐竹毅に支給した分は、被告人杉山の負担とする。
被告人木原は無罪。
理由
一 事実
(一) 本件犯行に至る迄の概況
(1) 税務所職員による全国単一組織の労働組合である全国税労働組合は、昭和三三年一二月結成されたが、人事院は、右労組が組合役員に解雇者を含んでいるとの理由で、その登録を拒否したため、国税当局は、同労組が人事院より登録を拒否されている以上、いわゆる法外組合であるとし、同労組と一切交渉に応じないとの態度をとるとともに、いわゆる組合専従職員に対する専従休暇を取り消し、右職員に対し職場復帰命令を出すようになつた。これに対し同労組は、当局の組合に対する右組織否認の態度を不当とし、これに抗議するため、昭和三四年三月一四日及び同月三一日の二回に亘り、各税務署毎に全国統一行動としての職場大会を開いた。
(2) ところが右職場大会は、勤務時間内に喰い込んだところもあつたことから、仙台国税局は、同年四月一三日同局管内の税務署職員で、右勤務時間内職場大会に参加した四〇数名に対し、解雇一名を含む訓告以上の行政処分を発表した。
(3) これに対し、同労組東北地方連合会は、右行政処分を不当とし、その撤回を要求して、当局との団体交渉の途を開こうとし、宮城県下各国、公労働組合に協力を要請した結果、宮城県労働組合評議会主催のもとに、同月二二日仙台市北一番丁一一七番地仙台国税局構内において、不当処分反対抗議集会を開くことになり、同日全国税、全建労、全逓、全農林、国鉄、日教組等の各労働組合員約三〇〇名が、同局正面玄関前広場に集り、午前八時半頃から右集会を開いた。
(4) 一方、前日来既に右支援団体を含んでの抗議集会が開かれることを知つた仙台国税局は、庁舎の安全と秩序を保持し、かつ正常な執務ができるようにするため、各係長以上の非組合員及び総務、人事、会計各課の課員をして、記録、撮影、連絡、警備等の各係に分担、配置させ、更に当日は、各通用門、入口を閉鎖、施錠等をして、右の抗議集会に対処し、又同集会は、同局敷地を許可なく使用して行なわれているところから、午前八時四一分同局正面玄関前広場に面した同局二階の人事、総務各課の窓より外側に懸垂して、「許可を受けずに敷地内で集会を行うことは認めていないから直ちに集会を中止されたい。昭和三四年四月二二日八時四一分仙台国税局長古川汎慶」と新聞紙二頁大の紙片に墨書した同局長作成名義の敷地内集会中止要求書二枚を掲示し、又午前八時五〇分同抗議集会に参加している各労組員に対し、敷地内からの退去を要求する同局長作成名義の退去要求書を掲示するとともに、拡声機によつて、同旨のことを再三伝達した。
又、右の抗議集会に参加した全国税労組員は、各所属の税務署長より年次有給休暇を得て、これに参加していたのであるが、前記敷地内集会中止要求及び退去要求に従わず、そのまま集会に参加し続けたため、同局は、右各署員は、公務員としての服務規律を侵しているとし、各署員所属の服務上の監督者たる管下の仙台北、仙台南、大河原、塩竈、古川、佐沼、築館、石巻の各税務署長に対し、右の事情を電話連絡し各署長よりそれぞれ「同抗議集会に参加している各署員の休暇を取り消す、直ちに職場復帰命令を伝達して貰いたい」旨の依頼をうけたのでその都度同局総務課長森田広住名義の「……税務署長の命令を伝達する。大蔵事務官……は、直ちに帰署の上執務されたい」旨新聞紙二頁大の紙片に墨書した職場復帰命令伝達書を前記各窓より外側に懸垂して掲示した。
(5) 他方、右の抗議集会は、前記集会中止要求及び退去要求にもかかわらず、継続され、午前九時半頃「不当処分を撤回せよ、団体交渉を再開せよ」なる決議文を採択し、右決議文を同局長に手交するための代表団を編成し、右代表団は、同局森田総務課長との間に予備交渉を始めた。
しかし、同局は、全国税労組が前記のとおり法外組合であり、又懲戒権の発動による行政処分に不服なら、国家公務員法上規定された人事院に対する審査請求の手段によるべきであるとし、かつ右交渉団に全国税労組員が包含されているから、同局長は面会できない旨回答し、結局右予備交渉は物別れに終つた。
(6) その間抗議集会参加者は、右交渉継続中の午前一〇時頃及び交渉決裂後の午後〇時すぎ頃の二回に亘り、同局玄関前広場から第一通用門を通り、同局徴収課入口前を経て、西側広場に到る間をデモ行進し、右二回目のデモにおいて、同局徴収課入口及び正面玄関口に殺到し、右各入口内部において、警備に当つていた同局員との間に、扉をはさんで混乱を惹起した。
(二) 罪となるべき事実
被告人杉山は、昭和三四年四月二二日当時、全国税労組東北地方連合会書記長の地位にあつた者で、前記の抗議集会及び前叙第一、二回のデモ行進に参加したのであるが、
(1) 同日午前九時二〇分頃、同局玄関前広場において、同局が、前記のとおり右広場に面した同局二階の人事課秘書係室の窓から外側に懸垂して掲示した前記同局長古川汎慶作成名義の敷地内集会中止要求書一枚及び「佐沼税務署長の命令を伝達する。佐沼税務署員佐竹毅、武山秀雄、鈴木光雄は直ちに帰署の上執務されたい。昭和三四年四月二二日九時一〇分、仙台国税局総務課長森田広住」と墨書した同局総務課長作成名義の職場復帰命令伝達書一枚をそれぞれ旗竿で下から突き破り、もつて公務所の用に供する文書を毀棄し、
(2) 同日午後○時すぎ、前記第二回目のデモにおいて、同局徴収課入口に殺到した際、同局総務部長河村尚平管理にかかる右入口の東側扉の左方三枚のガラスの中、最下部の縦二三糎、横二七糎のガラス一枚を肘で突き破り、もつて器物を損壊し、
(3) 同日同時刻頃、前記第二回目のデモにおいて、正面玄関口に殺到した際、氏名不詳者数名と共謀のうえ、前記総務部長河村尚平管理にかかる右玄関口西側扉の縦約一二五糎、横約六〇糎のガラス一枚を、両肘で突いたり、又は靴刷毛、旗竿などで叩いたり、突いたりなどして破壊し、さらに右扉の木製の格子を手で捩り折り、もつて器物を損壊し
たものである。
一 主な争点に対する判断
(一) 被告人杉山及び太田弁護人は、判示(二)の(1)の事実につき、判示(一)の抗議集会中、集会に参加した二、三の者が、国税局が掲示した文書の下で旗竿を振つていたところ、局側が二階の窓からその情景を写真撮影しようとしているのを目撃したので、これは刑事々件になる可能性がある、もしも国税部内から犠牲者が出ることなしに、共斗で来た外部の人が犠牲になるのでは申し訳がない、それで同被告人は、自分が違法にならない程度の紛らわしい行為をしようと考え、その中にまじつて竿を振つたのであつて、右竿で本件集会中止要求書及び佐沼税務署長の命令伝達書を破つたことはない旨主張する。
しかしながら、判示(二)の(1)について前掲各証拠によると、
(1) 本件集会中止要求書及び佐沼税務署長の命令伝達書は、自然力によるものではなく、明らかに人力によつて破られたものであること、
(2) 右要求書は、午前八時四一分、右命令伝達書は午前九時一〇分人事課秘書係室の窓の外側にいずれも懸垂して掲示されたものであること、
(3) 被告人杉山が午前九時二〇分頃、巡視室(人事課秘書係室の階下に当る)南側窓寄りの外側の地点に庁舎に向つて立ち、約三米の長さの旗竿の下端を両手で持つてこれを顔の附近迄あげ、上を向きながら横に振つたり、上に突いたりしたこと、
(4) 被告人杉山が旗竿を横に振つたり、上に突いたりしている上の方から、本件集会中止要求書などと同様の墨書した紙片が落ちて来たこと、
(5) その頃、右要求書及び命令伝達書を引きあげて見たところ、いずれも破られていたこと、
(6) 被告人杉山が、前記のように旗竿を横に振つたり、上に突いたりしているとき、その近辺に旗竿を振つている者がいなかつたこと、
が認められ、これらの認定事実を総合すると、本件集会中止要求書及び佐沼税務署長の命令伝達書は、被告人杉山が毀棄したものと認めるのが相当である。
もつとも、証人乳井勝一郎の当公廷での供述、写真二、三及び裁判所の検証調書によれば、本件集会中止要求書は、人事課秘書係室の東端の窓より懸垂して掲示されていることが認められるのであるが、右検証調書によると、人事課秘書係室の東端の窓の階下は、巡視室(同調書添附の図面には受付と表示されている)ではなく、その東側に隣接する会計課であることが認められる。そうすると、前記(3)の被告人杉山が旗竿を横に振つたり、上に突いたりしていた位置と本件集会中止要求書が掲示された場所が相違し、本件集会中止要求書の毀棄は、被告人杉山の所為によるものでないとの疑いがないでもないが、証人安達泰久の当公廷での供述によれば、前記二、三の写真は、いずれも午前九時頃迄に撮影されたものであることが認められ、被告人杉山が旗竿を横に振つたり、上に突いたりしていたのは、前記認定のとおり午前九時二〇分頃であるから、その間約二〇分の時間の経過があること、証人乳井勝一郎の当公廷での供述によれば、退去要求書か集会中止要求書かのいずれかの一枚が掲示された後誤つて引きあげられ、人事課秘書係室の外から向つて左側(西側)の窓際にあつた丸テーブルに置いてあつたのを、その後かけなおされていることが認められること、第四回公判調書中証人北田二郎の供述記載、第五回公判調書中証人河村尚平、同荒井泰幸の各供述記載によれば、当日仙台国税局が掲示した文書の中で、毀棄されたのは、集会中止要求書一枚、佐沼税務署長の命令伝達書の計二枚であることが認められるのであるが、第六回公判調書中証人猪股謙吉の供述記載によれば、被告人杉山が旗竿を横に振つたり、上に突いたりしているとき、その旗竿の上の方から右集会中止要求書などと同様に墨書したもので、その半分位の、角のついた紙片が同局車寄せの南東の柱附近に落ちて来たことが認められ、これらの認定事実に押収してある集会中止要求書紙片(証一号)及び職場復帰命令伝達書(証四号)によつて認められる右認定の毀棄された各文書の損壊の状況をあわせ考えると、猪股謙吉の目撃した右紙片は、明らかに右毀棄された集会中止要求書の上半分であると認められること及び右紙片の落下位置は、裁判所の検証調書によれば人事課秘書係室の東端の窓より、同室で巡視室上方の窓の方により近接していること(なお、写真二ないし五によれば、抗議集会当日強い風があつたとは認められない。)が認められるのであつて、以上の事実を総合すると、本件集会中止要求書は、午前九時頃から午前九時二〇分頃迄の間、同局人事課秘書係室の巡視室上方の窓にかけかえられたものと認めるのは相当とし、証人乳井勝一郎の前記供述及び写真二、三によつて認められる本件集会中止要求書の掲示場所は、それ以前のものと認められるので、たといそれが人事課秘書係室の東端の窓であつたとしても、被告人杉山が本件集会中止要求書を毀棄したとの前記認定となんらていしよくするものではない。
次に、メモ三には佐沼税務署長の命令伝達書は午前一〇時一分に掲示された旨の記載があり、又証人佐竹毅の当公廷での供述には、右伝達書は午前一〇時前後頃掲示された旨の供述があつて、これらの証拠によれば、前記認定の被告人杉山の右命令伝達書に対する毀棄行為はあり得ないこととなる。
先ず、メモ三についての証明力を検討するに、判示(一)に認定のいわゆる第一回目のデモは、メモ四によれば午前一〇時迄に開始されたものと認めるのを相当とする(即ち、右メモ四によつても、その正確な開始時間は認定できないが、その時間は午前九時五二分から午前一〇時三分迄の間であり、午前一〇時三分には、デモ隊は既に第二通用門を突破していることが認められので、その開始は少くとも午前一〇時迄になされたものと認めるのを相当とする。)のであるが、右メモの記帳者である林信二証人の当公廷での供述によれば、同人はデモが始ると、それと行動を共にして、メモをとつていたことが認められ、事実メモ四によると、午前一〇時三分には「第二通用門突破、庁舎デモ、鑑定官室前坐り込み」とか、同二九分には「正面へ移行」とかの記帳があつて、同人は右供述どおりデモと行動を共にして、メモしていたことが認められるのである。そうすると本件佐沼税務署長の命令伝達書が、メモ三に記載のとおり、その掲示時間が午前一〇時一分であるとすると、右の時刻には、第一回目のデモが開始されていたのであるから、判示(一)に認定のデモのコース及び右命令伝達書の掲示場所にてらし、同人は右の時刻、即ち午前一〇時一分に右命令伝達書が掲示されたことを果して確認し得たのか甚だ疑しいといわねばならないのみならず、右の時刻にはデモが始り、従つて抗議集会に参加した人々は、前記デモのコースに従い、国税局正面玄関前広場から他の場所に移行しつつあつたのであるから、仙台国税局が、態々このような時間を選んで右命令伝達書を掲示したとすることは甚だ常識的でないこと及びメモ一ないし五によれば、その記載は時間の経過に従つて順次なされているのにかかわらず、メモ三の右命令伝達書についての掲示時間が午前一〇時一分と記載されているのに、午前九時一〇分の事項と同列に記載されていて、甚だ不自然な記載順序であることを併せ考えると、メモ三の本件佐沼税務署長の命令伝達書の掲示時間の記載及び証人林信二のメモは時間の経過に従い、各事項を確認した都度記載した旨の当公廷での供述中、右命令伝達書についての供述部分は、信用性に乏しいといわねばならない。又、証人佐竹毅の前記供述も、同証人は、他方右命令伝達書はデモに移る迄は掲示されていたが、それ以後は自分がデモに参加したので、判らない旨供述しているのであつて、右デモは午前一〇時迄には開始されていたのであるから、右供述からすれば、右命令伝達書は明らかに午前一〇時以前に掲示され、午前一〇時以降ではないのに、転じてその掲示時間の点を午前一〇時前後であつた旨、殊更曖昧に供述しているのは、甚だ納得できないばかりでなく、同証人の供述内容全体よりすれば、右掲示時間は午前一〇時以前であるから、同証人の供述は判示認定の妨げとはならないというべきである。
(二) 半沢弁護人は、本件集会中止要求書及び佐沼税務署長の命令伝達書は、刑法第二五八条の公文書に該当しない旨主張し、その理由として、(1)、その性質からいえば街頭の電柱或いは庁舎内の掲示場に貼られた一般告知用の舌代、宣伝ビラ等と異ることがなく、その用法からいえば、黒板にチヨークで書いて済むものを便宜上紙面を用いたにすぎないものであつて、このような文書が三ケ月以上七年以下という重い刑罰を課した右法条の対象になるとは考えられない、(2)右法条にいう公文書とは、公務所が公務上の用のために使用するものでなければならないのに、本件集会中止要求書及び佐沼税務署長の命令伝達書は、仙台国税局がその職員の組合に対する関係において、使用したものであるから、公務上の用に供したものではなく、私的用途に用いられたものというべきである、(3)公務所の用に供する文書とは、使用の目的をもつて公務所の保管する文書たることを要し、用済みとなつた文書はこれを含まないが、右集会中止要求書及び命令伝達書は、前記のとおり意思伝達の一時的手段たる宣伝ビラ又は舌代のようなものであつて、既にその目的を達し、用済みとなつたものであり、かつ保管するものではないから、公務所の用に供する文書とはいい得ない旨主張する。
しかしながら、刑法第二五八条の公務所の用に供する文書とは、公務所が現に使用中の文書又は使用する目的で保管する文書を汎称するものであるところ、本件集会中止要求書は、判示(一)によつて明らかなとおり、本件当日の抗議集会が仙台国税局敷地を許可なく使用して行なわれたため、同局々長古川汎慶がその管理権限に基き、これを作成し、掲示したものであり、又本件佐沼税務署長の職場復帰命令伝達書は、判示(一)及び(二)の(1)によつて明らかなとおり、仙台国税局総務課長森田広住が、佐沼税務署長の依頼に基き、これを作成し、掲示したものであるから、その何れも、仙台国税局長古川汎慶及び同局総務課長森田広住がその職務上作成した文書と認められるで、所論のとおり、たとい同局が、これを職員の組合に対する関係において、使用したものであつたとしても、もとより同局の用に供する文書と解するに妨げないばかりか、それが掲示されている間は、とりもなおさず、同局がこれを使用していたことにほかならないのであるから、既にその目的を達し、用済みになつたもの、若しくは保管するものでないとはいわれない。従つて本件各文書は、同局が現に使用中の文書、即ち刑法第二五八条の公務所の用に供する文書に該るといわねばならない。
なお、被告人杉山は、本件佐沼税務署長の命令伝達書は、佐沼税務署長が、同署員佐竹毅、武山秀雄、鈴木光雄に対し、年次休暇の取消しを行うことなく、発した職場復帰命令を伝達した文書であつて、職場復帰命令は、合法的に許された休暇中においては、それを取消すことなしに、発することは不可能であり、従つて、それを伝達する右命令伝達書も違法であり、刑法第二五八条の公務所の用に供する文書ではない旨主張する。
しかしながら、所論のとおり、佐沼税務署長が、右三名に対する年次休暇の取り消しを行うことなく、直ちに職場復帰命令を発したとしても、本件命令伝達書は、仙台国税局総務課長森田広住が、同署長の右命令を伝達して貰いたい旨の依頼に基き、その職務上これを作成掲示したものであるから、文書自体の成立条件に欠くるところがなく、当然無効の文書であるということはできない。ただそれに記載された同署長の職場復帰命令が内容的にその効力が生じないことがあるというにすぎないのであるから、このような場合における文書は、文書自体としてはなお刑法にいわゆる公務所の用に供する文書であると解すべきである。
(三) 高橋弁護人は、国家公務員法第九八条の国家公務員に対する団体協約締結権、争議権等の団体行動権禁止規定は、憲法第二八条に反する違憲立法であるとの主張を前提に、たとい国家公務員の結成する組合の構成員にいわゆる解雇者を包含するとしても、他のすべての構成員が右憲法の条項によつて保障される権利の行使ができなくなるとは考えられないから、右解雇者を含んでいることを理由に、右組合の登録を拒否するのは、右憲法の条項に反する違憲行為であるとし、従つて、国税当局が、全国税労働組合が人事院より登録を拒否されたことを理由に、右労組との団体交渉を拒否するのも又違憲行為であるから、同労組が右違憲立法及び違憲行為を無視し、これに抵抗するため、昭和三四年三月一四日及び同月三一日開いた勤務時間内職場大会は、正当な抵抗権の行使であるとともに、そもそも右憲法の条項に保障された争議権の行使でもあるのに、仙台国税局がこれを違法な行為と見なし、右職場大会に参加した同局管内の職員四五名に対し、解雇を含む行政処分をしたのは、もとより同局の違法な処分であつて、全国税労組東北地方連合会が、同局に対し右処分の徹回を求めるとともに、「全国税労組の組合資格を認め、団体交渉を開け」なる要求を掲げて、宮城県労働組合評議会主催の下に開いた本件当日の抗議集会は、正当な抵抗権の行使であり、従つて、当日の行動も又右抵抗権の行使であるから、たとい被告人杉山に検察官主張のとおりの行為があつたとしても、その行為が右のような抵抗権の行使に基くものである以上、違法性がなく、いわゆる正当行為として、罪にならないといわねばならない旨主張するようである。
同弁護人の右主張は、論旨が多岐にわたり、明確を欠いているきらいがないでもないが、当裁判所はそのいわんとするところを次の二点にあると理解し、それについての判断を加える。
(1) 同弁護人が主張する抵抗権を憲法に違反して行使された公権力に対する抵抗は国民の権利であり、義務であるという趣旨に解するならば、結局、同弁護人が主張する国家公務員法第九八条の国家公務員に対する団体協約締結権、争議権等の団体行動権禁止規定が、憲法第二八条に反するか否かの判断にかかるわけであるが、この点については、政令第二〇一号の合憲性を認めた昭和二八年四月八日の最高裁判所大法廷判決によつて明らかなとおり、当裁判所も又「国民の権利はすべて公共の福祉に反しない限りにおいて、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とするのであるから、憲法第二八条が保障する勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利も公共の福祉のため制約を受けるのは已むを得ないところであり、殊に国家公務員は全体の奉仕者として(憲法第一五条)公共の利益のために勤務し、かつ職務の遂行に当つては、全力をあげてこれに専念しなければならない(国家公務員法第九六条第一項)性質のものであるから、団結権、団体行動権等についても、一般の勤労者とは違つた取り扱いを受けるのは当然である」と考えるから、同弁護人の主張は、その前提を欠いて採用することができないし、(なお、同弁護人は、人事院が全国税労働組合の登録を拒否したのは、憲法第二八条に違反する旨主張するので、この点について一言触れると、国家公務員法第九八条の団結権、団体行動権等についての制限は、憲法第二八条に反するものでないことは、右のとおりであるが、同条第二項は「職員は、組合その他の団体を結成する……ことができる。職員はこれらの組織を通じて……人事院の定める手続に従い、当局と交渉することができる……」旨規定し、右職員とは、国家公務員法の適用を受ける一般職に属する職員を意味することが明らかである(同法第二条第四項参照)から、同項にいう職員団体は右職員をもつてその構成員とするものであり、職員以外の者が構成員であることを認めない趣旨と解されるから、人事院が、右職員団体でその構成員に解雇者を含んでいる場合、その登録を拒否するのは、適法といわねばならないのである。従つて、国税当局が、全国税労働組合が、その役員に解雇者を含んでいるため、人事院より登録を拒否されていることを理由に、同労組との交渉を拒絶したのは、もとより適法な行為というべきである。)
(2) 次に同弁護人の主張する抵抗権は、結局刑法第三五条に基き、行為の実質的違法性を阻却するとの論旨であると解するならば、判示事実によつて明らかなとおり、被告人杉山の本件各所為は、その手段、方法及び行為の内容は勿論のこと、その動機、目的においても、健全な社会常識にてらし、正当性ないしは相当性の範囲を逸脱しているものと認められるから、到底右各行為の違法性が阻却されるものということはできない。
一 法令の適用
被告人杉山の判示(二)の(1)の所為は、包括して刑法第二五八条に、同二の(2)及び(3)の各所為は、同法第二六一条、罰金等臨時措置法第二条、第三条(同(二)の(3)の所為についてはさらに刑法第六〇条)に該当するので、各器物毀棄罪については、所定刑中懲役刑を選択するが、以上の各罪は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により最も重い公文書毀棄罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、同被告人を懲役六月に処し、諸般の情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二五条第一項を適用して、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用中、主文第三項掲記の部分は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により同被告人の負担とする。
一 被告人木原に対する無罪理由
(一) 被告人木原に対する本件公訴事実は、同被告人は、昭和三四年四月二二日午後〇時一〇分頃仙台市北一番丁一一七番地仙台国税局正面玄関口において、同局総務部長河村尚平管理にかかる同玄関入口東側の縦約二米三〇糎、横約八〇糎の硝子入り木製扉を両手で外側に引き、よつて蝶番附着の縦框を残してもぎとり壊し、もつて同部長管理にかかる建造物を損壊したものである、というのである。
証拠によれば、被告人木原は、全建労組員として、判示(一)に認定の抗議集会に参加し、かつ第一、二回のデモに参加したこと、同被告人は右第二回目のデモ隊が、午後〇時一〇分頃同局玄関口に殺到した際、これと共に同玄関口に入り、同玄関東側扉の直前に位置していたこと、その後右扉が蝶番のついている縦框を残し、もぎとられたことは認められるが、該扉の損壊が被告人木原の所為によるものであるとの点についてはこれを認めるに足りる十分な証拠がない。即ち、
第七、八回公判調書中証人吉田二彦の供述記載には、デモ隊は玄関口に乱入し、玄関の扉に体当りして、中に入ろうとした、その時自分は本件扉の内側にいて、デモ隊の侵入を防いでいたものの二分もするうちデモ隊の押す力が緩んだ拍子に、本件扉の下部の方が一〇糎程開いたが、その時被告人木原と三四、五才で五尺四寸位の「団体」と書いてある鉢巻をした人が、被告人木原が後になり、重なるような恰好になつて、本件扉の下端より三尺位の高さのところに手をかけ、角度にして三〇度ないし三五度位開き、更にこれを手前(被告人木原らの意)の方に引張つたところ、本件扉は蝶番のついている縦框を残し、上の方からこわれたのを目撃している旨の供述記載があるが、証人秋田泰治、佐々木弘、荒川昌男の当公廷での各供述、被告人木原の当公廷での供述ならびに写真一及びその拡大写真である写真六によると、本件扉は外側に一二、三〇度開いた時点でも未だ壊れていないこと及び本件扉が右の状態にある時、被告人木原はデモ隊の先頭に立ち、一人先んじて本件扉口より庁舎内に一歩立ち入つていることが認められるのであつて、この認定事実によれば、被告人木原が、証人吉田二彦の右供述記載のとおり、たとい本件扉を他の一名と共にこれを外側に引いて開いたとしても、本件扉はその時壊れたものではなく、明らかにその後において壊れたこととなるのである。しかるに、被告人木原が右の時点で本件扉をもぎとつたことを認めるに足りる証拠はない。
(二) 次に検察官は、被告人木原の行為と本件扉が完全にもぎとられたこととの間に因果関係がないとしても、同被告人らが本件扉を強引に引張つたため、少くともその上部に附着していた差し錠がくの字型に曲り、損壊したことが明らかであり、右損壊行為は、本件扉の損壊行為に当然包含された事実であつて、それについて適法な告訴がなされている以上、少くとも同被告人につき器物損壊罪の成立は否定できない旨主張する。
しかしながら、仮に検察官主張のとおり、被告人木原らが本件扉を強引に引張つたため、右差し錠が損壊したものと認めることができるとしても、差し錠の損壊が訴因として明示された被告人木原の扉の損壊行為に当然包含されているものと認められない。(訴因の追加ないしは変更なくしてはかかる認定は訴訟法上許されないものと解する。)けだし、差し錠の損壊と扉そのものの損壊行為とは、構成要件的評価のもとにおいて全く別個のものであり、又本件審理の過程において特に争点として論議された形跡もないからである。のみならず証人吉田二彦の前記供述記載によれば、被告人木原らが、本件扉に手をかけこれを外側に引張つたのは、本件扉の下部の方が外側に一〇糎程開いたときであることが認められるのであるから、その時右差し錠は既にくの字型に曲り、損壊していたものと認めるのを相当とするのである。即ち裁判所の検証調書によつて認められる本件扉の構造から考え、その縦框がしなるとは到底認められず、従つて、その上部が右差し錠によつて留められ、その下部のみが開くものとは認めることができないのであつて、下部が開けば、その上部も一様に開いていたものと認めるのを相当とするからである。従つて、右差し錠は、本件扉が外側に開く以前に壊れたこととなるのであつて、検察官が主張するように、被告人木原らが本件扉を外側に引張つたために生じた結果でないことは明らかである。
以上(一)、(二)のとおり、被告人木原に対する本件公訴事実は、結局犯罪の証明がないことに帰し、同被告人に対しては、刑事訴訟法第三三六条後段により無罪の言渡をすべきである。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 佐々木次雄 太田実 丹野益男)